2011年08月04日

なんだか刺激を受けるというか、元気をもらうというか

迷うことで気づくこともあるもっと幸せになれるかもそんなことを考えたのかもしれない女は失ってみないと本当に大切なことに気づかない生き物雨の日、鍵をなくし、家に入れず、携帯も充電切れそんな心ぼそい一夜を夜通し、歩き、他人の悩みも少しだけ垣間見て夜が明ける本当に大切なものは近くにある私も鍵を見つけたい、そう思う作品でしたこのテイストはひとそれぞれかも。
盛り上がりの少ない淡々とした物語です。
あまりに淡々としているので、登場人物の人たちには感情を抑えた演技を要求されているのかな、と。


どの登場人物も伸ばしかけた手を直前で引っ込めるようなイメージです。
話が進むのかと思えば立ち止まったままという。
手放しでぶつかっていくような感じはありません。
山あり谷ありを期待している方には物足りないと思います。
珠玉のかわいらしい恋愛映画いやあ、よかった。

いわゆる時間限定のロードムービー。

やられた。
おもしろかった。

せつない感じと、かるいユーモアと。

素敵なセリフ。
素敵なストーリー。

そして、素敵な音楽。

日本映画を数多く見てきたが、トップクラスのおもしろさ。

こういう映画を見ると、なんだか刺激を受けるというか、
元気をもらうというか。
明日への活力になるというか。

鍵がない デラックス版 [DVD]

posted by なつみ at 17:13| DVD | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

無い物ねだりをしてみたくなりました

他の方のレビューを読んで、私は「木星」が好きなのだとわかった

評価は大きく二つに分かれるようですね。「期待はずれだった」というレビューに、恐れをなしつつ聴いてみました。
なんのなんの。
そもそもヒットした「ジュピター」は緩やかな中間部に歌詞をつけた作品。本CDは、主にこの中間部のバリエーションで構成されているものだと思えば、まあ、よくまとまっていると思えます。
ホルスト・オリジナルの「木星」まる一曲のアレンジだと期待された向きには、ちょっと物足りなさが感じられるかもしれませんが、これはこれでありだな、と思う私は、自分で思うより「木星」フリークだったのかもしれません。もちろん何曲か入っているフルコーラスもいいですよ。
中学生の頃、音楽の時間に非常勤の先生が、私たち生徒のリクエストに応えてくり返し聴かせてくれた世界のトミタ版も懐かしかったです。
もっとも私には、15年以上前にラジオで一度切り聞いた限りで、以来、タイトルも分からずずっと探していた、「ウィズ・ディス・ラブ」が収録されてたことで、十分元は取った、という満足感があります。
他、オーマンディーもスラットキンも、ブラスもピアノも、それぞれに聴き応えありましたよ。ほんと、好きな方にはお勧めです。

オルゴールがステキ!

100%シリーズはどれもステキですが,このジュピターもまた,ステキなアルバムでした。どれもいいのですが,このアルバムのために作られたというオルゴールバージョンは,アレンジがステキで,癒されます。 
個人的にはエンパイアブラスの演奏も好きです。 ブラスバンドの格調高い演奏です。 

ジュピター好きにはたまりませんが、一般受けするかどうかは微妙ですね

30数年前、始めてホルストの『惑星』を聴いて以来、「木星」の荘厳さに惹かれて、愛聴してきた者です。
昨年、平原綾香さんの歌声による「ジュピター」の大ヒットのお蔭で、このようなコンピレーション・アルバムが企画されたと思います。「木星」ファンとしては嬉しいの一言です。

「木星」の変ホ長調のトリオにあたる荘厳なメロディに対して、様々な演奏で変化をつけたものが収録されています。大好きなスーザン・オズボーンの歌を始めとして、個性的な3人のヴォーカルや、パイプ・オルガン、オルゴールなどの演奏は楽しめました。
イギリスでは、「わが祖国に誓って」という愛国的な歌詞をつけて愛されてきた部分ですので、遊佐未森の日本語の歌詞も違和感なく聴けました。

11種類のバリエーションですが、どうしてもメロディが一緒なので、全部を聞きとおすのは少しだれるように思えます。

私のような「ジュピター」好きには、嬉しいアルバムでしたが、もう少し違う楽器の演奏、もしくは、ロック、ジャズのバリエーションがあればもっと良かったのにと、無い物ねだりをしてみたくなりました。

ジュピター(Jupiter)100%
posted by なつみ at 21:02| 読書 | 更新情報をチェックする

正直惜しい

ベッドに花束映画なので,あまりに悲惨にすると見てもらえないのを心配したのだろう。
あくまでも、奇麗な話として作り上げたかった制作側の意図は伝わった。

悲惨は話を悲惨に描くことは簡単かもしれないが、
悲惨な話を奇麗に描くことは難しいかもしれない。

結婚式という1つの行事に焦点をあてた、よい映画だと思う。

女優がガンらしく見えないのは、悲惨さを強調したくない製作側の意図であって、
女優の責任ではないと思う。

ガンの検診を実施した方がよい若年層に見てもらいたいという意図だと思われる。

メーキングで、最後にベットに花束を置いたのは,亡くなられた方が映画の主人公であったことを象徴している。
映画の最後にも付けてもよかったのではないかと思った。

そうすれば,映画だけを見た人も誤解しなかったかもしれないと思った。
子供向け作品かな死にかけている人を見れば、悲しく、辛く感じるのは当然のことで、
その命が若ければなお更だ。
この映画の中でその当たり前の感情を裏切り、別の視点で感動を与える場面が
あったかといえば、それはノーだ。
どこかで見たり聞いたり、想像のつく内容でしかなかった。
言うなれば、「お涙ちょーだい」作品だ。子供なら興味が持てるかもしれないが。

同じ題材でも、ブスとブ男でキャスティングして涙を誘えれば、まだ救われたかもしれない。
また死別した後の男を描いたほうが、人間臭さが出て面白いのではないか。
一生独身で過ごすのか、すぐ再婚するのか、愛とは何か?とか。

あくまでこれは映画に対するコメントであることを最後に付け加えておく。余命一ヶ月の花嫁 レビュー去年映画で見れなかったので放送やDVDを通じ、今見ました。主人公の瑛太のキャラ、話の流れ、趣旨は物凄く良かったです。
改めて見るとヒロインである千恵の想いが伝わってくる感じがしました。乳がんと戦いながら精一杯生きてきた千恵の姿に感動しました。ただ残念なのが、まずは「これは実話です」ではなく「これはフィクションです。」にして欲しかったです。現実を見せるという点では良い案かもしれませんが、人によっては美化している風に見えてしまうので、もう少し考慮して欲しかったですね。後は言うまでも無く、色々やらせ疑惑問題があった件ですが、もしそれが事実であるならば製作側や監督側は一体何を考えているんだ?と言いたいです。こういう疑惑や不正問題がないように、もうちょっとキャストの選択・調整・扱いを丁寧にして欲しかったですね。正直惜しい作品だなと思います。
総合評価は☆=3です。
余命1ヶ月の花嫁 スタンダード・エディション [DVD]
posted by なつみ at 16:49| DVD | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

見事に寄り添うことに成功している

小山実稚恵さん傑作の一つ!
小山実稚恵さんの演奏を最初に観たのは、もしかするとライナーノートに諸井誠さんが最初に観たと語っているテレビ番組と同じかもしれません。ラベルの"水の戯れ"をとても自然に流れるようなタッチで弾いていて、う〜ん凄いなと思ったのを覚えています。彼女の歌い方は、独特で基本的にあたたかく優しい響きがあり、水が流れるように自然な感触で聴いているとなんとも気持ちが良くなります。このアルバムは、ラフマニノフの練習曲、"音の絵"ということで、プレイヤーにもリスナーにも有名なレパートリー。でも、この演奏を聴いても自然発生的なほど滑らかに指が動いていて素晴らしいです。さて、"音の絵"は、Op. 33と39がありますが、39は時代背景的にもよりドラマチックで、悲壮感が全体的に感じられる。個人的にイメージするラフマニノフの心を抉り取られるようなロマンチシズムを39の方により深く感じる訳ですが、彼女の演奏はうまくそこを表現していて、自然な流れの中にも深い感情表現が感じられて聴いた後の満足度がとても高い。最初の頃に比べてこの頃になると表現に広がりがぐっと出て来て、力強く心に響く演奏が全編で聴け感動します。
音楽による絵画表現
 ラフマニノフの練習曲“音の絵”は、技巧的な難しさのみならず、その深い音楽性でピアニストを苦しめる作品であると言われている。音の絵”というタイトルの通り、この作品はある絵画が基本となっているのだが、作曲者はその絵画についてはほとんどを明らかにしないままこの世を去っている。この中で、私は特にOp33−3に注目した。これは、出版直前にラフマニノフ自身がそれを差し止めたままになってしまい、死後にその譜面が見つかったのだが、しかし実はその旋律がピアノ協奏曲第4番の第2楽章の最後に使われていたという、何だか隠された物語のありそうな作品なのである。 さて、彼女のOp33−3だが、冒頭は案外速く、きつめに、そしてどことなく不安を感じさせるように演奏しているという印象を持ったのだが、後半の、後にピアノ協奏曲に使われていた部分、つまり作曲者にとって何か深い意味があったのではないかと思われる部分が実にみずみずしい!木漏れ日を受ける水面には、ゆらめきとともに、いつ、どこで現れるか分からない一瞬のきらめきがあるのだが、ちょうどそれと似た印象を持つ。これほどまでに上質に、強く訴えかける演奏は私は他に知らない。この部分に関しては、恐らく作曲者本人が、心のうちにそっとしまっておきたい思い出があって、それを託したのだろうと私は思っている。もとになった絵画を明らかにしない、そして出版を差し止めるという行為からはそんな印象を得るのだ。そして彼女は、ラフマニノフのそんな気持ちに見事に寄り添うことに成功している、そんな印象を得る演奏なのだ。
ラフマニノフ:「音の絵」作品33 & 39

posted by なつみ at 00:14| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

秩序の持つ美しさ

何故に軒並み高評価なのか
CDだけでなく、コンサートでも聴いた感想。
クラシックギターという楽器は、誰が弾いてもそこそこの音色が出て心地よい。それゆえに、人気ギターリストには、アーティスト=芸術家というよりも、テクニシャン=技術屋というべき奏者が多いのではないかと思う。ギター独特の音色に、速弾きのテクニックが加われば、それなりの演奏にはなるからだ。
しかし、そこに音楽性はなく、「すばらしい音楽」を聴いた故の感動ではなく、「よく動く指の技術」に感動しているにすぎない。まれにマイナス要素の全てを帳消しにしてしまうほど超高レベルのテクニシャンもいるわけだが、村治にそこまでの力はない。
いわずもながのことではあるが、音楽でメシを食おうという人間であれば、楽譜に書かれた音符と記号をなぞっただけの演奏で足りるはずがない。ノー天気に弦をはじいているとまでは言わないが、そのレベルに聞こえてしまう音楽性のなさ。あるいは、持っている音楽性を肝心の音楽として伝えるだけの力のなさか。
押さえが甘いのか、爪の状態が悪いのか、音の悪さは録音のせいではあるまい。
高評価している方々は、ギターをこの程度の楽器だと思っているのかと悲しくなってしまう。
最初の一枚
この一枚を皮切りにほとんど揃えていますが、このアルバムが一番好きです。包み込まれる心地よさを味わってください。自分の中の好きな弦楽器ランキングでギターの順位がジャンプアップしました。
輝いて誘う
 秩序の持つ美しさについて考えるアルバム。きらめくような音に洗われて、いつしか魂は日常を離れる。 バッハやヘンデルなど曲名は知らなくてもメロディーを知っている曲も収録されているのが嬉しい。
シンフォニア

posted by なつみ at 19:01| 音楽 | 更新情報をチェックする

音の大洪水という感じ

リミックスは出ないか!
この演奏を聴いて感じることは、指揮者・オケ・ソリストの息が本当に良く合っていること。たぶん、中村紘子さんは指揮棒など見ないでも指揮者の息使いまでわかっているのでしょうね。ピアノソロは自信に満ちあふれていながら突っ走ることなく、もちろん置いて行かれることもなく、またオケもピアノに遠慮し過ぎずかつ邪魔することもなく本当にいい演奏ですね。ただレコーディングエンジニアの好みなのか知りませんが、管楽器の位相がおかしいです。まるでステージのグランドピアノの前にトランペットがいるようなミキシングは残念。リマスターリング、リミキシングされて最適なバランスの録音が出たら即買いだと思います。ソニーミュージックに期待します。
チャイコフスキー、ラフマニノフ、ピアノ協奏曲・中村紘子
新年早々中村紘子とプラハ響のチャイコフスキーを聴く機会があって、感動よもう一度とCDを探して、この録音にめぐり合いました。

チャイコフスキーはサントリーホール、ラフマニノフは大阪シンフォニーホールで収録。それぞれ3時間で仕上がったそうで、2007年に東奔西走、多亡な合間に1日でコンチェルト5曲を弾き翌日はチャイコンの審査でロシアに飛んだことからも納得。プロフェショナルな超人。
チャイコフスキーは腕は冴え俊敏軽妙にしてダイナミック、ラフマニノフはロシアのメランコリー幽愁をに歌い上げています。
ロシア国立交響楽団、指揮エフゲニー.スヴェトラーノフ。共演も多くお互いの信頼も深く好演となっています。

1990年の録音ですが、スタンウェイの陰影も、ロシア交響楽団の押し出しの強靭なダイナミックレンジをしっかり乱れることなく捉えています、大型のオーディオ装置ならば確認できるでしょう。
コンパクトオーディオでも聴いてみましたがこのオーケストラの実在感のある響き特徴は確認できました。
個人的には音が薄くなり勝ちなSACDよりも充実感あるのでないかと思います。
価格もリーズナブル。



スヴェトラーノフ会心のラフマニノフ
チャイコフスキーもラフマニノフもどちらも優れているが、ラフマニノフの方が会心の出来ばえ。中村紘子のピアノはテクニックも素晴らしいし音色も美しいが、少々ドライでオケに比べて歌いこみがいまひとつという感じがする。だが、それがかえって、この演奏の場合、オケとのバランスを保つのに一役買っているような不思議な感じがする。どちらの協奏曲も、オケは大編成で、ピアノ協奏曲というよりも「大管弦楽団とピアノのための大交響曲」という感じがする。特に、ラフマニノフのオケ(ソヴィエト国立交響楽団)は聴きもの。これでもか、というくらい一音一音に生命が吹き込まれていて、それぞれのフレーズが大きなうねりとなって、聴く者の耳を襲う。音の大洪水という感じ。どんなに歌いこんでも、それがいやらしくならないのは、ラフマニノフの音楽が指揮者と楽団員の体に染み付き、自然に表現されていて作為的なものがないからなのだろう。後年、スヴェトラーノフが録音した、ラフマニノフの交響曲第2番も同様で、この指揮者のラフマニノフの解釈が一貫したものであり、不変であったことを示しているようだ。同曲のCD,生演奏をいくつも聴いてきたが、この指揮者とオケのコンビによる演奏を超える演奏を、私は今まで聴いたことがない。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番だけを評価すれば間違いなく★★★★★(★5つ)です。(ラフマニノフの最後の最後で、トランペットがフォルテシモで思い切り音をはずしているのに、そのまま商品化してしまうのも、ロシア・オケらしい、と納得させられてしまうのは何故だろうか?)
チャイコフスキー : ラフマニノフ:ピアノ協奏曲

ボディバッグ
キャリーバッグ

posted by なつみ at 01:30| 音楽 | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

ジュリーニは一番充実していた時代

ジュリーニ(カルロ・マリア)のマーラー 交響曲第9番
「やさしい」マーラーの9番

こんなにもマーラーの9番という曲から「やさしさ」を感じることはきわめて稀、いや、ありえないのかもしれない。それほどジュリーニの演奏は聴き手、オケ、そして作曲家に対して「やさしさ」で満ち溢れていると思う。もちろん単に子どもの頭をなでるだけのような表面的な「やさしさ」だけではない。3楽章を聞けば、激昂を感じさせるものではないが、毅然たる態度で叱咤するような激しさもある。とはいえ、そこにも常にやさしさがあり決して乱暴に突き放すようなことは一切しない。
一音一音丁寧に丁寧に紡ぎだし、そしてフレーズのひとつひとつを歌わせるような演奏をさせているのはジュリーニの晩年の演奏スタイル(若いころのジュリーニは颯爽とした演奏を聞かせている)であるが、この演奏に関しては晩年というほど歳をとっているわけではないので、かなり意識的にそうしたのだろう。見事に功を奏して、この上なくやさしいマーラーが出来上がった。そうした要求に見事にこたえるシカゴ響はさすがとしかいいようがない。
マーラーの9番の名演と呼ばれるものは多数存在しているが、このジュリーニの演奏はその中でも間違いなく屈指の名演だと思う。
すでにたくさんのレビュアーの方によって絶賛されているのであえて投稿する必要もないのだが、この演奏はあまりにもすばらしいので誘惑に負けて投稿してしまった。
しかし、もう一度、最晩年にウィーン・フィルあたりで再録していただけていればと思ってしまうのだが、これはあまりにも強欲が過ぎるというものだろうか。

世紀の名演

ただ単にマーラーの交響曲9番の名演と言うだけではなく、「録音」という形で残された20世紀の全演奏の中でも屈指の名演です。まさに永遠を勝ち得る価値のある世紀の名演と言って良いでしょう。

死の2年前、マーラーが苦悩するその心の襞の一筋一筋までを理解しようとするかのようなジュリーニの深い洞察を基にした指揮に対して、その要求に完璧なまでにに答えたシカゴ響の力量とも相まって、聴く者に与える感動は超越的です。

極めつけは第1楽章の(3分35秒)前後、演奏の高揚感が極限にまで達し、これ以上になると破綻してしまうと思われる直前で一気にその高揚感が解かれる部分の素晴らしさは、他の演奏の追随を許しません。

最後に余談になりますが、全く同じ演奏にも関わらずLP版はこのCD版を感動の面で凌駕します。

純粋なマーラー

緻密なシカゴ響のアンサンブルと、決して感情的ではない冷静なスコアの読み、
この当時のジュリーニは一番充実していた時代だと思う。

マーラー:交響曲第9番
ラベル:マーラー
posted by なつみ at 23:05| 音楽 | 更新情報をチェックする

感動の余り涙で楽譜が見えんようになったらしいです

ジュリーニ(カルロ・マリア)のブラームス 交響曲第4番
第4楽章のフルート

第4楽章にフルートのソロがあります。指揮者によってここの吹かせ方はいろいろです。月明かりの夜、厳島神社の能舞台で、フルートを笛に持ち替えて平敦盛が吹く嫋嫋とした調べが波間に漂い、ふと見ると背後の森のそこここで平家の精霊がじっと聞き入る、そんな情景を思い浮かべます。ブラームス最後の交響曲に「枯淡」や「寂寥」を求めるとしたら、ジュリーニはそれに近いのですが、みずみずしい叙情も、ときにはきっぱりと寂寥を振り切る打楽器の開放感も同時に聴くことができます。
いろいろな演奏を聴いていくうちに、第4番は寂寥感を求めるだけではなく、構築のしっかりした、コントラストの明瞭な演奏も魅力的に思えてきます。たとえばケルテスのように。また、夜更けに聴くのか休日の午前に聴くかで、好みも変わります。
いろいろ聴きくらべて一枚を選ぶのもいいですが、放置していたものが耳になじむ日もあり、つまり名曲ということに尽きます。

当時の楽員が演奏中、感動の余り涙で楽譜が見えんようになったらしいですがな

ジュリーニ先生最後のブラームス全集より。いつものジュリーニ先生らしく、しなるような構築、抑制したテンポからにじみ出るスケール感、沁み入るカンタービレ、と非の打ちどころがあらへん。4番はシカゴ盤以来でしたから、ホンマ、ええタイミングで録音してくださった。

4番、悲劇的序曲のカンタービレを聴いとると、痩せて凛としてジュリーニ先生の指揮姿が目に浮かぶようで、当時の楽員が演奏中、感動の余り涙で楽譜が見えんようになった、という話が凡人のわてにもよう分かる

音楽の持つ美と音楽に対する愛情の結晶です。

これは偉大な演奏だ!
悠々として巨大。滔々と進む演奏は本当に素晴らしい。

ウィーンフィルの演奏は、ジュリーニとの呼吸も抜群で文句のつけ様もなく、美しさの極みに到達している。ジュリーニ特有の、このスローなテンポに何の迷いもなく身を任せ、堂々とした完成度の高い演奏を聴かせてくれる。

良くこの第4交響曲には晦渋・枯淡などの言葉で、ブラームス晩年の哀愁について述べられている。
枯淡の味わいがあるかは分からないが、この盤においては美しくロマンティックなブラームスが堪能出来る事は間違いない!


ブラームス:交響曲第4番
posted by なつみ at 22:41| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

読んだ後に何か嬉しくなる

鴨居 まさねの金魚のうろこ

原作ファンにもお勧めします。
基本的に、原作ありきの漫画はおもしろくないし、話の展開もわかっていて予定調和な感じがあるものですが、この田辺聖子原作シリーズは 田辺ファンもうれしく、鴨居ファンもうれしく、関西地区の独特のゆるさファン(いるかな?)にも肌なじみのよい、とても”いい感じ”のできあがりです。

人生の楽しさ幅広さ、人間のおもしろさ、情けなさ、、、でも その良さ。読後の なんとはなしに優しく明るい感じが作者二人それぞれの個性の共振を思わせる、、、

今後もシリーズは続くとのこと。次の作品も楽しみです。


田辺作品に息づく鴨居節
鴨居さんの作品には鴨居節とも言うべき独特の味わいがあり、それは原作付きとなっても変わりません。この短編集では関西(神戸)が主な舞台になっており、やんわりとしていながらも割りとツケツケ(「ズケズケ」ではない)とした物言いが心地良いのです。各話の主人公達は本っ当にどこにでも居そうな、市井の人々です。そんな人々がただ日常を送っているだけなのに、そこには小さなドラマがあり、様々な喜怒哀楽があるのだと、当たり前の事に気づかされます。田辺先生の柔らかくも鋭い人間観察に、どことなくとぼけた鴨居節が合わさった、素敵な作品です。

読んだ後に何か嬉しくなる
帯に「煩わしいのが、面白い」とあるように、恋愛や家族関係における何とも微妙な機微、そして思わず笑ってしまう大胆な展開が、柔らかい絵で描かれており、非常に面白く読めました。田辺聖子さんの本は未だ読んだ事がないのですが、こんなに面白い話を書かれるとは・・・と田辺さんの原作も読んでみようという気になりました。短編5作収録。
金魚のうろこ ?田辺聖子原作シリーズ?

キャリーバッグ
カゴバッグ
ラベル:鴨居 まさね
posted by なつみ at 17:54| 日記 | 更新情報をチェックする

守るべきモノ

高橋 克彦の風の陣

道鏡失脚
道鏡の宇佐八幡の宣託を失敗させた嶋足、天鈴のコンビは、道鏡一味の巻き返し策の封じに活躍し、ついには、その失脚に追い込んで行きます。
称徳天皇の死去によって、新たな帝が立ち、刈田麻呂が多賀城にはいることになり、蝦夷はほっとします。しかし、それもつかの間、半年で刈田麻呂は、都に戻されてしまいます。
帝は、紀氏を重く用い、藤原氏を退けようとしますが、バランスをとるために藤原百川に二人は肩入れすることになります。

この巻は、そんな訳で第三巻と今連載中でいずれ単行本として出版されるであろう第五巻のつなぎの巻と言えるかもしれません。
でも、ここで重要な対面があります。やがて、時が経って、蝦夷の問題で両者の側に立つことになる坂上田村麻呂(刈田麻呂の息子)とアテルイの二人が、馬の早駆を競う場面があります。その他にも、東日流の話が登場するなど、この「風の陣」が、いつの時代までを扱うのか知りませんが、この先の時代に大きな影響を与える人物の子ども時代が扱われており、興味深い巻でもありました。早く、次の巻が読みたくなりました。

守るべきモノ
陸奥にとっては都の争いには興味がないのだ。ただ都の権力は陸奥の持つ力を恐れ、支配の手をゆるめない。黄金であり馬が必要だからだ。
都の出来事は陸奥に風を吹かせ、そよ風は大きな風に成長する。
若い世代が台頭し始めても来る。田村麻呂とアテルイが登場し、陸奥を巡る争いは再び舞台の中心を陸奥へと導こうとする。
蝦夷とさげすまされても誇りを捨てない民の姿がうらやましい。
風の陣 風雲篇

フェラガモ 財布
カルティエ 財布
ラベル:高橋 克彦
posted by なつみ at 13:52| 日記 | 更新情報をチェックする
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