2012年01月16日

穏やか、かつ明確な主張

五嶋みどりのチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

しなやかで堂々とした、次元のひとつ違う演奏

たぶんCDで音を聴いているだけでは判らないものが、映像を一目みれば、はっきり判るということがあります。
CD録音と同じ一連のベルリンでの演奏会(1995年3月)の映像が、ユーチューブにアップされています。

それを見ると、普通の演奏家とは、集中の次元が違っているのが判ります。
音楽に没入してゆく様子が、いろいろに変化する彼女の表情でみてとれます。
緩急があり、弱音の響きがあり、野生の激しさがあり、スリリングな展開があり、この曲はこんな曲だったのだと、新しい別の曲をきく思いがします。
アバド・ベルリンフィルも素晴らしいです。

映像を見てから判断されることを、おすすめします。ほかの演奏家のチャイコフスキーもアップされているので、聴き比べてみてください。『百聞は一見にしかず』です。(Midori Goto で検索)

わたしはこの映像を見たとき、釘付けになってしまいました。
それまで五嶋みどりの名前は知っていましたが、なぜか避けてきたようなところがありました。でも脳天に一撃です。
聴きものの演奏は、見ものでもあります。彼女の各年代のDVDもぜひ出してほしいものです。

穏やか、かつ明確な主張

名曲、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。こいつは驚いた。五嶋みどりのこれほどの横綱相撲にはムターも諏訪内もヴェンゲーロフもぶっ飛ぶだろう。まるで足に根が生えたかのような安定感はどうだ。と言っても、「どうだ!」というような力みなどまったく無く、いたって素直に楽想のままに演奏している。音の贅肉を極限まで削ぎ落としてシェイプアップしているので、グラマスなムターの演奏などに慣れていると、線が細いようにも感じるが決してそうではない。ゆったりと開始し、十分に間を持たせた運び方は実に堂々としている。むしろ図太い。正統的かつ完成度の高いヴェンゲーロフの演奏に近いようにも思えるが、五嶋みどりの確信が穏やかに、ハッキリと語られているのがよく分かる。決定版といえば、この協奏曲の決定版ともいえそうだが、そもそも音楽とはそう決めつけるものでもないだろう。演奏グレードが要求レベルに達していれば、時には諏訪内で、時にはツィンマーマンで、時にはムターで聴きたい場合もある。音楽を聴く時の心持ちはその時々で違うのだから。とはいえ、五嶋みどりのこの演奏はこの先聴く機会が増えそうだ。商品説明に「カーネギーホール100周年記念コンサートでの歴史的演奏の記録」とある。良質な録音によるライブ版だ。

音楽があふれています。

チャイコフスキーらしいし、加えて音楽の豊かさが素晴らしい。バンドはベルリンフィル以外の何者でもなく、ロシアのバンドと比較するとチャイコフスキーのロマンチックさではどうかとも思いますが。そのリアクションの中で五嶋みどりさんのリードは素晴らしく、アバドのリアクションも素晴らしいのではと思います。ライブ音源だけに、緊張感は在りますが、それゆえにリアルな音楽そのものを楽しめます。ベルリンフィルとのチャイコフスキーですが、十分にヴァイオリンはチャイコフスキーです。非常におすすめの録音と判断します。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
posted by なつみ at 22:22| 音楽 | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

秩序の持つ美しさ

何故に軒並み高評価なのか
CDだけでなく、コンサートでも聴いた感想。
クラシックギターという楽器は、誰が弾いてもそこそこの音色が出て心地よい。それゆえに、人気ギターリストには、アーティスト=芸術家というよりも、テクニシャン=技術屋というべき奏者が多いのではないかと思う。ギター独特の音色に、速弾きのテクニックが加われば、それなりの演奏にはなるからだ。
しかし、そこに音楽性はなく、「すばらしい音楽」を聴いた故の感動ではなく、「よく動く指の技術」に感動しているにすぎない。まれにマイナス要素の全てを帳消しにしてしまうほど超高レベルのテクニシャンもいるわけだが、村治にそこまでの力はない。
いわずもながのことではあるが、音楽でメシを食おうという人間であれば、楽譜に書かれた音符と記号をなぞっただけの演奏で足りるはずがない。ノー天気に弦をはじいているとまでは言わないが、そのレベルに聞こえてしまう音楽性のなさ。あるいは、持っている音楽性を肝心の音楽として伝えるだけの力のなさか。
押さえが甘いのか、爪の状態が悪いのか、音の悪さは録音のせいではあるまい。
高評価している方々は、ギターをこの程度の楽器だと思っているのかと悲しくなってしまう。
最初の一枚
この一枚を皮切りにほとんど揃えていますが、このアルバムが一番好きです。包み込まれる心地よさを味わってください。自分の中の好きな弦楽器ランキングでギターの順位がジャンプアップしました。
輝いて誘う
 秩序の持つ美しさについて考えるアルバム。きらめくような音に洗われて、いつしか魂は日常を離れる。 バッハやヘンデルなど曲名は知らなくてもメロディーを知っている曲も収録されているのが嬉しい。
シンフォニア

posted by なつみ at 19:01| 音楽 | 更新情報をチェックする

音の大洪水という感じ

リミックスは出ないか!
この演奏を聴いて感じることは、指揮者・オケ・ソリストの息が本当に良く合っていること。たぶん、中村紘子さんは指揮棒など見ないでも指揮者の息使いまでわかっているのでしょうね。ピアノソロは自信に満ちあふれていながら突っ走ることなく、もちろん置いて行かれることもなく、またオケもピアノに遠慮し過ぎずかつ邪魔することもなく本当にいい演奏ですね。ただレコーディングエンジニアの好みなのか知りませんが、管楽器の位相がおかしいです。まるでステージのグランドピアノの前にトランペットがいるようなミキシングは残念。リマスターリング、リミキシングされて最適なバランスの録音が出たら即買いだと思います。ソニーミュージックに期待します。
チャイコフスキー、ラフマニノフ、ピアノ協奏曲・中村紘子
新年早々中村紘子とプラハ響のチャイコフスキーを聴く機会があって、感動よもう一度とCDを探して、この録音にめぐり合いました。

チャイコフスキーはサントリーホール、ラフマニノフは大阪シンフォニーホールで収録。それぞれ3時間で仕上がったそうで、2007年に東奔西走、多亡な合間に1日でコンチェルト5曲を弾き翌日はチャイコンの審査でロシアに飛んだことからも納得。プロフェショナルな超人。
チャイコフスキーは腕は冴え俊敏軽妙にしてダイナミック、ラフマニノフはロシアのメランコリー幽愁をに歌い上げています。
ロシア国立交響楽団、指揮エフゲニー.スヴェトラーノフ。共演も多くお互いの信頼も深く好演となっています。

1990年の録音ですが、スタンウェイの陰影も、ロシア交響楽団の押し出しの強靭なダイナミックレンジをしっかり乱れることなく捉えています、大型のオーディオ装置ならば確認できるでしょう。
コンパクトオーディオでも聴いてみましたがこのオーケストラの実在感のある響き特徴は確認できました。
個人的には音が薄くなり勝ちなSACDよりも充実感あるのでないかと思います。
価格もリーズナブル。



スヴェトラーノフ会心のラフマニノフ
チャイコフスキーもラフマニノフもどちらも優れているが、ラフマニノフの方が会心の出来ばえ。中村紘子のピアノはテクニックも素晴らしいし音色も美しいが、少々ドライでオケに比べて歌いこみがいまひとつという感じがする。だが、それがかえって、この演奏の場合、オケとのバランスを保つのに一役買っているような不思議な感じがする。どちらの協奏曲も、オケは大編成で、ピアノ協奏曲というよりも「大管弦楽団とピアノのための大交響曲」という感じがする。特に、ラフマニノフのオケ(ソヴィエト国立交響楽団)は聴きもの。これでもか、というくらい一音一音に生命が吹き込まれていて、それぞれのフレーズが大きなうねりとなって、聴く者の耳を襲う。音の大洪水という感じ。どんなに歌いこんでも、それがいやらしくならないのは、ラフマニノフの音楽が指揮者と楽団員の体に染み付き、自然に表現されていて作為的なものがないからなのだろう。後年、スヴェトラーノフが録音した、ラフマニノフの交響曲第2番も同様で、この指揮者のラフマニノフの解釈が一貫したものであり、不変であったことを示しているようだ。同曲のCD,生演奏をいくつも聴いてきたが、この指揮者とオケのコンビによる演奏を超える演奏を、私は今まで聴いたことがない。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番だけを評価すれば間違いなく★★★★★(★5つ)です。(ラフマニノフの最後の最後で、トランペットがフォルテシモで思い切り音をはずしているのに、そのまま商品化してしまうのも、ロシア・オケらしい、と納得させられてしまうのは何故だろうか?)
チャイコフスキー : ラフマニノフ:ピアノ協奏曲

ボディバッグ
キャリーバッグ

posted by なつみ at 01:30| 音楽 | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

ジュリーニは一番充実していた時代

ジュリーニ(カルロ・マリア)のマーラー 交響曲第9番
「やさしい」マーラーの9番

こんなにもマーラーの9番という曲から「やさしさ」を感じることはきわめて稀、いや、ありえないのかもしれない。それほどジュリーニの演奏は聴き手、オケ、そして作曲家に対して「やさしさ」で満ち溢れていると思う。もちろん単に子どもの頭をなでるだけのような表面的な「やさしさ」だけではない。3楽章を聞けば、激昂を感じさせるものではないが、毅然たる態度で叱咤するような激しさもある。とはいえ、そこにも常にやさしさがあり決して乱暴に突き放すようなことは一切しない。
一音一音丁寧に丁寧に紡ぎだし、そしてフレーズのひとつひとつを歌わせるような演奏をさせているのはジュリーニの晩年の演奏スタイル(若いころのジュリーニは颯爽とした演奏を聞かせている)であるが、この演奏に関しては晩年というほど歳をとっているわけではないので、かなり意識的にそうしたのだろう。見事に功を奏して、この上なくやさしいマーラーが出来上がった。そうした要求に見事にこたえるシカゴ響はさすがとしかいいようがない。
マーラーの9番の名演と呼ばれるものは多数存在しているが、このジュリーニの演奏はその中でも間違いなく屈指の名演だと思う。
すでにたくさんのレビュアーの方によって絶賛されているのであえて投稿する必要もないのだが、この演奏はあまりにもすばらしいので誘惑に負けて投稿してしまった。
しかし、もう一度、最晩年にウィーン・フィルあたりで再録していただけていればと思ってしまうのだが、これはあまりにも強欲が過ぎるというものだろうか。

世紀の名演

ただ単にマーラーの交響曲9番の名演と言うだけではなく、「録音」という形で残された20世紀の全演奏の中でも屈指の名演です。まさに永遠を勝ち得る価値のある世紀の名演と言って良いでしょう。

死の2年前、マーラーが苦悩するその心の襞の一筋一筋までを理解しようとするかのようなジュリーニの深い洞察を基にした指揮に対して、その要求に完璧なまでにに答えたシカゴ響の力量とも相まって、聴く者に与える感動は超越的です。

極めつけは第1楽章の(3分35秒)前後、演奏の高揚感が極限にまで達し、これ以上になると破綻してしまうと思われる直前で一気にその高揚感が解かれる部分の素晴らしさは、他の演奏の追随を許しません。

最後に余談になりますが、全く同じ演奏にも関わらずLP版はこのCD版を感動の面で凌駕します。

純粋なマーラー

緻密なシカゴ響のアンサンブルと、決して感情的ではない冷静なスコアの読み、
この当時のジュリーニは一番充実していた時代だと思う。

マーラー:交響曲第9番
タグ:マーラー
posted by なつみ at 23:05| 音楽 | 更新情報をチェックする

感動の余り涙で楽譜が見えんようになったらしいです

ジュリーニ(カルロ・マリア)のブラームス 交響曲第4番
第4楽章のフルート

第4楽章にフルートのソロがあります。指揮者によってここの吹かせ方はいろいろです。月明かりの夜、厳島神社の能舞台で、フルートを笛に持ち替えて平敦盛が吹く嫋嫋とした調べが波間に漂い、ふと見ると背後の森のそこここで平家の精霊がじっと聞き入る、そんな情景を思い浮かべます。ブラームス最後の交響曲に「枯淡」や「寂寥」を求めるとしたら、ジュリーニはそれに近いのですが、みずみずしい叙情も、ときにはきっぱりと寂寥を振り切る打楽器の開放感も同時に聴くことができます。
いろいろな演奏を聴いていくうちに、第4番は寂寥感を求めるだけではなく、構築のしっかりした、コントラストの明瞭な演奏も魅力的に思えてきます。たとえばケルテスのように。また、夜更けに聴くのか休日の午前に聴くかで、好みも変わります。
いろいろ聴きくらべて一枚を選ぶのもいいですが、放置していたものが耳になじむ日もあり、つまり名曲ということに尽きます。

当時の楽員が演奏中、感動の余り涙で楽譜が見えんようになったらしいですがな

ジュリーニ先生最後のブラームス全集より。いつものジュリーニ先生らしく、しなるような構築、抑制したテンポからにじみ出るスケール感、沁み入るカンタービレ、と非の打ちどころがあらへん。4番はシカゴ盤以来でしたから、ホンマ、ええタイミングで録音してくださった。

4番、悲劇的序曲のカンタービレを聴いとると、痩せて凛としてジュリーニ先生の指揮姿が目に浮かぶようで、当時の楽員が演奏中、感動の余り涙で楽譜が見えんようになった、という話が凡人のわてにもよう分かる

音楽の持つ美と音楽に対する愛情の結晶です。

これは偉大な演奏だ!
悠々として巨大。滔々と進む演奏は本当に素晴らしい。

ウィーンフィルの演奏は、ジュリーニとの呼吸も抜群で文句のつけ様もなく、美しさの極みに到達している。ジュリーニ特有の、このスローなテンポに何の迷いもなく身を任せ、堂々とした完成度の高い演奏を聴かせてくれる。

良くこの第4交響曲には晦渋・枯淡などの言葉で、ブラームス晩年の哀愁について述べられている。
枯淡の味わいがあるかは分からないが、この盤においては美しくロマンティックなブラームスが堪能出来る事は間違いない!


ブラームス:交響曲第4番
posted by なつみ at 22:41| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

新星歌手のスミ・ジョーの夜の女王のアリアも必見

大満足☆
本当に素晴らしいです!! 名歌手の歌声をこの値段で聞けるのは、お得です☆曲目も有名な曲ばかりで、入門編としてもオススメできます。


新星歌手のスミ・ジョーの夜の女王のアリアも必見です☆価格、内容ともに大満足

もしあまり気に入らなくてもこの値段なら諦めがつくし、と思い購入しましたが。


オペラはまったくの初心者ですが、どの曲もとても聞きやすくて買った良かったです。


しょっちゅう聞いてます。


超豪華版を廉価で!
有名なアリア、有名な歌手の歴史的名演を集大成したのだから、文句の付けようがございません。


「清きアイーダ」:ドミンゴの若かりし頃の声のハリ良いですね・・ただし、「誰も寝ては成らぬ」はパバロッティで聴きたいと思うのは私だけでしょうか?
収録されています曲を通して思うのは総て素晴らしいもので癒されますが、特にヘンデルの2曲は収録されているCDも少なく「涙の流れるままに」を好きな私に執りまして稀少だと思います。


余談ですが・・・「見よ勇者は帰る」は小学校の運動会や高校野球の場でも年数回は少なくとも聴くと思いますが「作曲者は誰?」と問いかけても答えられないのが現実だと思います。


もっとヘンデルに光を今宵も素敵な音楽と焼酎に酔っぱらってのレビューを書く事をお許し下さい。


ハバネラ〜オペラ・アリア名曲集
オムニバス(クラシック)
posted by なつみ at 02:00| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

カンパネラも終盤疲れてるような感じが・・・

買って損はないと思う。
一応ピアノを習ってきてそこそこのクラシックの知識はあるのですが、そんな通ではないので偉いことはあまり言えませんが・・
普通にいいと思います。

このリストの超絶技巧練習曲集はあまり聴き比べしたことはないですが。

鬼火で弾けてないところがあります。

カンパネラも終盤疲れてるような感じが・・・
でも、若いんでこれからに期待ですね。

容姿端麗ですし笑
本当にプロ?
テンポを一定に保てていない、音の粒が揃っていない、
重音が押し切れずにアルペジオ状になってしまっている等、
いかにも素人っぽい演奏なのだがこれは意図的なものだろうか?
上記の難点を音楽の流れにうまく乗せて、
不自然にならないようにするようなセンスも持ち合わせていないようだし。

あと、演奏者の責任ではないのかもしれないが、
録音が残響重視なのかピンボケ気味なのもマイナス。


(きちんと弾けてないのを誤魔化すため?)

ついでに評価とは直接関係ないが、
盤の裏面に(聞いたこともないような)コンクール歴を
ずらずらと並べているのも感じが悪い。


美しい
この曲はとにかくテクニックに拘っていて、あまり音楽的ではないのではと思っていた。


とんでもない。

彼女の演奏するこの曲は、本当に美しい。

彼女の細やかでしっかりしたテクニックと分析力に裏付けされた音楽性に、大きな予感を感じます。


少々、マンネリ化していたクラシックピアノ界ですが、彼女が新しい風を運んでくれそうです。


演奏には関係ないかもしれないですが、本当にキレイなお嬢さん。。。

インタビューなどみると、頭も随分しっかりしてるとみえます。



リスト:超絶技巧練習曲
アリス=紗良・オット
posted by なつみ at 01:00| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

カラヤン&ベルリン・フィルの最盛期を象徴する素晴らしい演奏

カラヤンの十八番

悲愴といえばカラヤンが最も得意としていた曲ですが、ドイツ・グラモフォンに録音した70年代のこのCDはカラヤン&ベルリン・フィルの最盛期を象徴する素晴らしい演奏だと思います。


悲愴の頂点

言うまでもなく、チャイコフスキーの名曲中の名曲である「悲愴」ですが、
数々の演奏を耳にして、LP時代から10数枚を購入し愛聴してきました。


カラヤンの演奏もド派手なEMI盤、枯れた魅力のウィーンフィルとの最後のもの、
今、改めてカラヤンの芸術を60年代70年代80年代と聴き直し、
CDも買いなおして聴いています。


この76年当時のベルリンフィルのアンサンブルの完璧さは惚れ惚れします。


そして磨き上げた「悲愴」の美しさ悲しさに感動しなおしました。


そして、たった1000円でこの名盤が買えるとは驚きです。


チャイコフスキー入門者には絶対この1枚をお勧めします。


第3楽章についてのみの感想ですが

カラヤンによる悲愴の第3楽章は大変情熱的であり、重厚なサウンドを私たちは楽しむことができるでしょう。


そのような演奏が好みの方にはぜひお薦めしたい素晴らしい演奏です。



しかし、第3楽章はト長調によるスケルツォと行進曲であります。


優雅さと諧謔さ、軽やかさ(この例えは少し言葉選びが悪いかもしれませんが)という観点からすれば、カラヤンの演奏は元気が良すぎる、ガシガシ猛進する行進曲のようにも聞こえます。


もし、優雅さと諧謔さ、軽やかさを重視するのであればムラヴィンスキー/レニングラードフィルの演奏を薦めます。



もちろん、ほかにも名演奏はあることと思います。

いろいろと聞き比べをして、一つの曲の解釈の多様性を楽しむのも面白いかもしれません。

チャイコフスキー:交響曲第6番
カラヤン(ヘルベルト・フォン)
posted by なつみ at 14:24| 音楽 | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

このしごく退屈な曲を美しいと感じる人の感覚に問題がある

意見
albert_clemens_jackson "Jack"のような人格障害、精神疾患で社会的能力のない、しかもゲイの犯罪予備群は追放できないものかね(笑)
どれもこれも判を押したように同じようなレビューを
このしごく退屈な曲を美しいと感じる人の感覚に問題がある。


フォーレの作品は、いまさら聴いても目新しいものがまるでなく、正直ダサい。


カビの生えたような音楽だ。


フォーレのレクイエムを聴いて

前からフォーレのレクイエムのCDを買いたかった。

大学生の頃に義理で合唱団のコンサートを聞きにいって、もう一度まともに聞いてみたいと思って22年。

今回聞いてみて、なんとすばらしく安らぎに満ちた曲で、気持ちが豊かになってきます。

何度も聞き返しています。

指揮者が誰で、どんな人たちが歌っているかはさっぱりわかりません。

しかし、今回、このようなすばらしいCDを安価な価格で得られて大満足です。

歌声は全身を安心のオーラに包んでくれそうです。

お堂で何人もの人が読経を上げているような,ゆったりした抑揚です。

わたしがもしキリスト教徒であったなら、もっと違ったレビューが書けたかもしれません。

しかし、手軽にフォーレのレクイエムを聞きたいなとお思いの人にはうってつけかもしれません。



フォーレ:レクイエム
フォーレ
posted by なつみ at 01:00| 音楽 | 更新情報をチェックする
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