2011年05月14日

ジュリーニは一番充実していた時代

ジュリーニ(カルロ・マリア)のマーラー 交響曲第9番
「やさしい」マーラーの9番

こんなにもマーラーの9番という曲から「やさしさ」を感じることはきわめて稀、いや、ありえないのかもしれない。それほどジュリーニの演奏は聴き手、オケ、そして作曲家に対して「やさしさ」で満ち溢れていると思う。もちろん単に子どもの頭をなでるだけのような表面的な「やさしさ」だけではない。3楽章を聞けば、激昂を感じさせるものではないが、毅然たる態度で叱咤するような激しさもある。とはいえ、そこにも常にやさしさがあり決して乱暴に突き放すようなことは一切しない。
一音一音丁寧に丁寧に紡ぎだし、そしてフレーズのひとつひとつを歌わせるような演奏をさせているのはジュリーニの晩年の演奏スタイル(若いころのジュリーニは颯爽とした演奏を聞かせている)であるが、この演奏に関しては晩年というほど歳をとっているわけではないので、かなり意識的にそうしたのだろう。見事に功を奏して、この上なくやさしいマーラーが出来上がった。そうした要求に見事にこたえるシカゴ響はさすがとしかいいようがない。
マーラーの9番の名演と呼ばれるものは多数存在しているが、このジュリーニの演奏はその中でも間違いなく屈指の名演だと思う。
すでにたくさんのレビュアーの方によって絶賛されているのであえて投稿する必要もないのだが、この演奏はあまりにもすばらしいので誘惑に負けて投稿してしまった。
しかし、もう一度、最晩年にウィーン・フィルあたりで再録していただけていればと思ってしまうのだが、これはあまりにも強欲が過ぎるというものだろうか。

世紀の名演

ただ単にマーラーの交響曲9番の名演と言うだけではなく、「録音」という形で残された20世紀の全演奏の中でも屈指の名演です。まさに永遠を勝ち得る価値のある世紀の名演と言って良いでしょう。

死の2年前、マーラーが苦悩するその心の襞の一筋一筋までを理解しようとするかのようなジュリーニの深い洞察を基にした指揮に対して、その要求に完璧なまでにに答えたシカゴ響の力量とも相まって、聴く者に与える感動は超越的です。

極めつけは第1楽章の(3分35秒)前後、演奏の高揚感が極限にまで達し、これ以上になると破綻してしまうと思われる直前で一気にその高揚感が解かれる部分の素晴らしさは、他の演奏の追随を許しません。

最後に余談になりますが、全く同じ演奏にも関わらずLP版はこのCD版を感動の面で凌駕します。

純粋なマーラー

緻密なシカゴ響のアンサンブルと、決して感情的ではない冷静なスコアの読み、
この当時のジュリーニは一番充実していた時代だと思う。

マーラー:交響曲第9番


ラベル:マーラー
posted by なつみ at 23:05| 音楽 | 更新情報をチェックする
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