2010年11月02日

読んだ後に何か嬉しくなる

鴨居 まさねの金魚のうろこ

原作ファンにもお勧めします。
基本的に、原作ありきの漫画はおもしろくないし、話の展開もわかっていて予定調和な感じがあるものですが、この田辺聖子原作シリーズは 田辺ファンもうれしく、鴨居ファンもうれしく、関西地区の独特のゆるさファン(いるかな?)にも肌なじみのよい、とても”いい感じ”のできあがりです。

人生の楽しさ幅広さ、人間のおもしろさ、情けなさ、、、でも その良さ。読後の なんとはなしに優しく明るい感じが作者二人それぞれの個性の共振を思わせる、、、

今後もシリーズは続くとのこと。次の作品も楽しみです。


田辺作品に息づく鴨居節
鴨居さんの作品には鴨居節とも言うべき独特の味わいがあり、それは原作付きとなっても変わりません。この短編集では関西(神戸)が主な舞台になっており、やんわりとしていながらも割りとツケツケ(「ズケズケ」ではない)とした物言いが心地良いのです。各話の主人公達は本っ当にどこにでも居そうな、市井の人々です。そんな人々がただ日常を送っているだけなのに、そこには小さなドラマがあり、様々な喜怒哀楽があるのだと、当たり前の事に気づかされます。田辺先生の柔らかくも鋭い人間観察に、どことなくとぼけた鴨居節が合わさった、素敵な作品です。

読んだ後に何か嬉しくなる
帯に「煩わしいのが、面白い」とあるように、恋愛や家族関係における何とも微妙な機微、そして思わず笑ってしまう大胆な展開が、柔らかい絵で描かれており、非常に面白く読めました。田辺聖子さんの本は未だ読んだ事がないのですが、こんなに面白い話を書かれるとは・・・と田辺さんの原作も読んでみようという気になりました。短編5作収録。
金魚のうろこ ?田辺聖子原作シリーズ?

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ラベル:鴨居 まさね
posted by なつみ at 17:54| 日記 | 更新情報をチェックする

守るべきモノ

高橋 克彦の風の陣

道鏡失脚
道鏡の宇佐八幡の宣託を失敗させた嶋足、天鈴のコンビは、道鏡一味の巻き返し策の封じに活躍し、ついには、その失脚に追い込んで行きます。
称徳天皇の死去によって、新たな帝が立ち、刈田麻呂が多賀城にはいることになり、蝦夷はほっとします。しかし、それもつかの間、半年で刈田麻呂は、都に戻されてしまいます。
帝は、紀氏を重く用い、藤原氏を退けようとしますが、バランスをとるために藤原百川に二人は肩入れすることになります。

この巻は、そんな訳で第三巻と今連載中でいずれ単行本として出版されるであろう第五巻のつなぎの巻と言えるかもしれません。
でも、ここで重要な対面があります。やがて、時が経って、蝦夷の問題で両者の側に立つことになる坂上田村麻呂(刈田麻呂の息子)とアテルイの二人が、馬の早駆を競う場面があります。その他にも、東日流の話が登場するなど、この「風の陣」が、いつの時代までを扱うのか知りませんが、この先の時代に大きな影響を与える人物の子ども時代が扱われており、興味深い巻でもありました。早く、次の巻が読みたくなりました。

守るべきモノ
陸奥にとっては都の争いには興味がないのだ。ただ都の権力は陸奥の持つ力を恐れ、支配の手をゆるめない。黄金であり馬が必要だからだ。
都の出来事は陸奥に風を吹かせ、そよ風は大きな風に成長する。
若い世代が台頭し始めても来る。田村麻呂とアテルイが登場し、陸奥を巡る争いは再び舞台の中心を陸奥へと導こうとする。
蝦夷とさげすまされても誇りを捨てない民の姿がうらやましい。
風の陣 風雲篇

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ラベル:高橋 克彦
posted by なつみ at 13:52| 日記 | 更新情報をチェックする

富嶽百景がいいのです

太宰 治の富嶽百景

明るい太宰治
富嶽百景が好きだ。
ひとは、精神を安定させる事ができる。
でも、がんばろうなんて思う必要はない。

穏やかであろう

作家の意図?
学校の国語の試験で、作家の意図は?という問題がよくありました。
採点結果を見ると、どうしても納得できないことがよくありました。
本当に、作家は、それを意図したのでしょうか?
作家の意図は単純ではないのではないでしょうか?
走れメロスは、分かりやすいかもしれないし、太宰らしくないかもしれない。
作品ごとに別々に読むか、作家ごとまとめて読むかは、その人の好みです。
ただ、複数作品まとめて搭載している本を買うかどうかは、迷うかもしれません。
富嶽百景だけでも価値はあるし、走れメロスだけでも価値はあると思います。
両方好きになる必要はないと思いますがいかがでしょうか。

富嶽百景がいいのです
 太宰と言えばアンニュイ  現国の授業中、あーんなに暇?でなかったら別のページにあった「富嶽百景」(抄)読まなかったと思う 先入観が大きかった 読み出すと、、、止まらない! 授業そっちのけ この人ってこんな事も書くんだ−!何?井伏鱒二が放屁?学校帰りに本屋さんに行ってこの話と井伏鱒二の文庫を買ったのは言うまでもありません 太宰苦手!という人にちょっと読んでみたらーって話だとおもいます この時から師の井伏鱒二のファンになりました
富嶽百景・走れメロス 他八篇

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ラベル:太宰治
posted by なつみ at 13:34| 読書 | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

創作者の側からの挑発

多和田 葉子のエクソフォニー

言語宇宙のかなたへ
 多くの読者は、この本を読んで多和田葉子の豊かな言語感覚に嫉妬せざるをえないだろう。彼女は常人では届かぬ言語宇宙のかなたに行ってしまっている。そして、読者に言語の持つ新たな可能性を手際よくみせてくれる。ほとんどの言語学者は言語を死物のように扱いただ分析するだけなのだが、彼らの書く愚にもつかぬ本をいくら集めてもこの『エクソフォニ−』には及ばない。多和田葉子という希有な水先案内人とともに言語宇宙を旅しようではないか。

生活の中で外国語を使っている読者には頷けることが多い一冊
 第一部は書き下ろしで、幼少時代に使って身につけた母語とそれ以外の外国語で思索・創作するということについて思いをめぐらせた小論を20編あつめています。 第二部はNHK「テレビ ドイツ語会話」のテキストの連作エッセイを加筆修正したもので、ドイツ語の興味深い単語や表現について著者独自の視点から切り込んでいます。  第一部は、起承転結が明確ながっちりした小論文というよりは、自由気ままに思いつくまま筆を書きすすめたという緩やかさを伴った文が続きます。話題も変幻自在といった感じに転じていくので、えてして「で、そもそも何を論じようとしているの?」という思いも抱かないではありませんが、「自分の言葉」と「他人の言葉」の両方の間を往来しながら生きている著者ならではの「自在さ」があらわれているという風にも取れなくもないなと感じた次第です。  第二部はドイツ語を外から眺めて初めて見えてくる、ドイツ人自身も気づかない「隠れた個性」に目を向けさせてくれるなかなか面白い文章が並んでいます。私はドイツ語と出逢って四半世紀が経過していますが、それでもなるほどと思わせてくれる話が載っていて楽しめました。  しかしもともとが「会話番組のテキストの購入者」という限られた読者を対象にしている文章なので、おそらくドイツ語に多少なりとも知識がないと楽しむことは出来ないと思います。

創作者の側からの挑発
このエッセイ集は、一言でいうと、クレオール文学、越境者の文学、移民文学、外国人文学など、創作者本人ではない他人からの定義を冠されてきた多和田をはじめとする母語ではない言語で創作を行う作家を、新しい視点、つまり、「母語の外に出て書く=エクソフォニー」という創作する行為から見て定義しよう(あるいは定義から解放されよう)というものである。彼らが母語ではない言語の選択にいたる原因だけではなく、結果として広がる豊かな現実、あるいは危険と隣り合わせである緊張感にあふれた創作行為そのものに目を向けようとしている点で、こういった主題を扱っている他の本に対する一種の挑発とも思える。かかれている内容としては、彼女が旅先で経験したことを都市の名前を冠した章ごとに語!るというものであるが、端々に垣間見えるのは、ただエクソフォニーを礼賛するだけではなく、二言語で書きたいことが書けるという一種の特権性に対する謙虚さや、ドイツの作家がなぜドイツ語創作にこだわるのか、という事情への考察、そして、日本が他国に押し付けたエクソフォニーに対する目配りもあり、創作者ならではの視点と反省とである。「旅することと住むこととはわたしの中ではもはや相対的なもの」と語る作者の、危うくも快感をもたらす綱渡りのような、身を張った創作行為の舞台裏を見ることが出来る。
エクソフォニー-母語の外へ出る旅-

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ラベル:多和田 葉子
posted by なつみ at 20:03| 読書 | 更新情報をチェックする

倫理学をとてもわかりやすく解説している

著者は、大学や大学院でビジネス倫理学の教鞭を執るヒゲの太っちょ教授。
ビジネス倫理学の第一人者である。講義では非常に愉快な語り口で学生と共に考えながら講義を進めるスタイル。
日本においてのビジネス倫理学の歴史はそう長くはないが、著者がその領域と論議を深めたと言っても良い。
本書では、カントやローズ、ミルなどの哲学思想を非常にわかりやすく解説している。
また、ビジネス倫理に関するケーススタディも取り上げており、内容は非常に濃い。
さらに、昨今の企業不祥事について、倫理学の観点から言及している点も学術的に新しい切り口である。
大学院ビジネススクールでもビジネス倫理学の教科書として採用されている。

リスク管理について考えさせられる1冊
「倫理学」と言う言葉から、学問的かつ哲学的なイメージを持っていた。
しかしながら、本書を読んで「倫理とは非常に身近で重要なことなのだな」という認識を持つようになった。

本書は、大きく分けて「理論」と「実践」との2つの内容に分かれている。
前半の「理論」部分では、倫理学の分類や考え方について述べられている。
比較的わかりやすく記述され、初めて「倫理学」にふれる人にも抵抗なく読むことができるだろう。
後半部分は以下のようなケースに基づく討論会を収録した形となっている。

「慰安旅行で男性社員が風呂場で女子社員の入浴をのぞきました。さ、どうしますか?」

「海外に工場を建設しました。しかし少年・少女が学校に行かずに労働に従事しています。法律上は問題ありません。このまま従事させますか?」

倫理とはとても難しい問題であり、我々の身近に常に存在するものだということを痛感した。


薄いが内容は濃い
カント、ローズ、ミルの理論から紹介されておりこの分野がいかに未開拓の分野かわかる。著者アメリカから帰国したとき胡散臭い学問研究したねといわれたらしい。後ろの参考文献、WEB SITE情報素晴らしい。 
現代社会の倫理を考える〈3〉ビジネスの倫理学)
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ラベル:梅津 光弘 倫理
posted by なつみ at 18:57| 読書 | 更新情報をチェックする

チクリと刺し、クスリと笑わせる

田辺 聖子の苦味を少々 399のアフォリズム

まぶしくて正視できない
谷沢永一氏の紹介から手にした本。
著者が「女のおっさん・・・」と表現された書名もあるようですが、
イや、なかなか“淑女”であらせられると、感じ入ります。
人、女、おんなというこのようにゆたかで、
男、我と異なるものか、キモに命じた次第です。
少し年月を経て、再読します。

チクリと刺し、クスリと笑わせる秀逸な箴言集
 谷沢永一氏が強く推薦していた箴言集です(アフォリズムとは簡潔鋭利な評言を指します)。短い言葉の中にチクリと心を刺しながら、クスリと笑いを誘う箴言が詰まった秀逸な一冊です。目次から読み取れるテーマは人生、男女、恋愛、家庭、ハイ・ミス、中年、世相と文化といった内容です。この本は書評を読むより、その箴言をいくつか読んでみる方が適切でしょう。書評よりも箴言の方が簡潔なのですから。 (以下、本書より抜粋) 9・・・ゆとりは、金や物品のあるなし、経済力のいかんにかかわらないものだが、しかしなぜか、世間の人間は、物質的にゆたかだと、ゆとりを持つようである。 73・・・「ちゃんとしすぎて具合の悪いときもある。自分だけがちゃんとしている、と思う奴は、人にきびしいからね。」 136・・・男の仕事というのは、結局、あとで金を支払う、人生すべてこのことに尽きているように思われるのだ。 275・・・「人生は非常識の連続や」 298・・・人生は、もうゆきどまり、と思っていても、必ずどこか、抜け道があり、神サンはちゃんと、「この道抜けられます」の札を吊るしておいてくれてるのである。逆上しているときは、それが目に入らないけれども。 299・・・しかし、いかんせん、努力する能力も生まれつきのものなのだ。生まれつき努力する能力に恵まれてる人は、周囲がよせといっても、努力せずにはいられないものなのだ。努力しない人は、生まれつき、努力する才能に恵まれていないのだから、どんなに周囲で努力するようお膳立てをしてやっても、しないのである。自分が努力したから、人も努力するべきだ、と強いるのは、このへんのところがよくのみこめてないからである。 ちなみに最後の399番目は傑作でした。だからといって本の後ろから読み始めないで下さい。前から順番に読み進めていってはじめて399番目が活きて来るのですから。
苦味を少々 399のアフォリズム
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ラベル:田辺 聖子
posted by なつみ at 16:29| 読書 | 更新情報をチェックする

腐敗打倒にかける情熱

戦前の特務機関に関する調査はすごい
この本の圧巻は「児玉誉士夫とは何か」「CIAと児玉誉士夫」であろう。特に戦前の特務機関の在り様から戦後のGHQとの関わり、そしてCIAとの関係までを明らかにした取材の徹底振りには感心する。特務機関に関わった膨大な人員と予算、ニセ札と阿片を取り扱っての莫大な利益を考えれば、日華事変で陸軍が中国から簡単には手が引けなかった事情も納得がいく。

田中逮捕の後も著者はこの問題を追い続け、「ロッキード裁判傍聴記」「論駁」「田中角栄新金脈研究」「巨悪と言論」へとつながっていく。

日本の闇に迫った歴史的作品
著者が文芸春秋に「田中角栄研究」を発表したことが契機となり、田中角栄は退陣に追い込まれる。田中側は権力を利用し、総理府公報の月刊誌、週刊誌(特に新聞社系)への宣伝費を増やし、著者を追い詰めてゆく。そして「ロッキード事件」が発覚。著者は発表の場を次々と変えながら、金脈とロッキード事件の追求論文を様々なメディアを使って発表する。著者は、週刊ポストや現代のような独立系の週刊誌が誌面を与えてくれたと感謝している。ロッキード事件は、日米おろか世界数十カ国に跨った汚職事件で、田中角栄ばかりかCIA、児玉機関などが登場して日本の深い闇が姿を現す。今に続く日本の政治の姿が国民の前にはじめてあばかれた。この作品は、色々な場所で発表した一連の論文を整理しなおしたものだが、権力に挑む立花隆の執念にただ敬服する。

腐敗打倒にかける情熱
 下巻には、ロッキード事件発覚から、田中が五億円収賄容疑で逮捕されるまでに書かれたレポートが掲載されている。

 逮捕により、田中は政治の表舞台から姿を消すことになる。だが田中は刑事被告人となった後も「闇将軍」として政界に君臨し、自らの意思を実現しようとした。表舞台には大平、鈴木、中曽根ら自分の言いなりになる傀儡を据え、自身は裏舞台からそれを操作する「権力の二重構造」をつくり出すことによって、である。

 1983年10月、田中に有罪判決が下されるに至っても、政治の「金権・腐敗」体質は一向に改善されず、「田中型政治」は、金丸、竹下といった田中の後継者たちによって脈々と受け継がれてゆく。

「田中角栄研究全記録」上下巻に収められるのは、田中退陣のきっかけとなった論文「田中角栄研究」以来2年間にわたって書きつがれたもので、その量は原稿用紙千枚にも及ぶ。

だがそれでは終わらなかった。立花氏の本当の闘いは、田中逮捕の瞬間から始まったのだ。
1993年12月に田中が病死するまで、氏は「田中なるものすべて」を批判し続け、なんと一万枚以上の原稿を20年にわたって書き続けることになるのである。

 政治のあるべき姿を求めつづける立花氏が、腐敗打倒への激しい情熱をたたきつけた一冊である。
 
 
田中角栄研究―全記録

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posted by なつみ at 15:02| 読書 | 更新情報をチェックする
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